北畠神社

かしわで.net

北畠神社

kitabatake1.jpg

三重県津市にある北畠神社を訪れました。
別表神社でもあります。

津市内からはかなり離れた位置にあり、
周りを山で囲まれており、松阪市との市境界線が近くにあります。

北畠氏を祀る別格官幣社でもあります。


kitabatake2.jpg

鳥居をくぐり参道を進むと境内にさしかかります。
この鳥居をくぐると右手に社務所。
奥に拝殿があります。
境内の左手には
北畠氏館跡庭園という名勝にもなっている立派なお庭があります。(有料)


所々赤い灯籠や建物が見えます。



kitabatake3.jpg

一瞬これが本殿?と思うほどシンプルにたたずんでいる拝殿です。
神社全体の印象はすごくさりげなくという感じ。
拝殿の周りも木が生い茂り、狛犬もご覧の通り。

でも、手入れはされているので、
無法地帯になっているわけでは決してありません。


kitabatake4.jpg
そんな拝殿をみて強烈に印象に残ったのがこれ。
神額があるところに天狗の面が。


天狗とどのような関係があるのかはわかりませんでしたが
とても印象的でした。


kitabatake5.jpg

拝殿の奥に本殿があります。
これ以上中の様子はうかがえません。


御祭神は北畠顯能公
配神として
北畠親房公 北畠顯家公 
が祀られています。


元々北畠家は村上天皇を祖とした公家の家系で
公家大名とも呼ばれていました。

有名なのは北畠親房で、
後醍醐天皇が即位した時の側近。

その後、後醍醐天皇が南朝を立ち上げたときに、
息子でもある北畠顯能がこの伊賀伊勢の地に国司として赴き
この地の繁栄の礎となったようです。


後日、家臣たちが北畠顯能を祀り
北畠八幡宮としたのが始まりということです。




余談ですが、
別格官幣社は天皇家ではない武将などが祀られるケースが多いのですが、
公家大名でもある北畠氏が明治になって別格官幣社になったのは
明治維新後に徳川幕府から朝廷に主権が移ったことと、
後醍醐天皇が建武の親政で
鎌倉幕府から朝廷に主権を移そうとしたことと
なにかシュチュエーションが似ているからなのかなと
感じてしまいました。
確かに後醍醐天皇に対しては貢献度が高いと思います。


kitabatake-shuin.jpg

北畠神社の御朱印です。




社名
北畠神社
所在地
三重県津市美杉町上多気1148
祭神
北畠顕能公
ホームページ
なし
注意事項

大きな地図で見る